熊本地方裁判所 昭和40年(ワ)85号 判決 1968年5月23日
原告 山本晴雄
被告 国 外一三名
訴訟代理人 島村芳見 外三名
主文
一、原告に対し金六四万九、〇二七円を、被告家入友喜は全額、同家入スエモは三分の一、同家入ケサミ、同家入輝喜、同家入久義、同家入一義、同家入米作、同家入八郎、同家入カエ子、同倉岡ツルミは各二七分の二の割合で、同阿蘇町、同国は金二四万五、八四七円の限度で連帯して昭和四二年一月一日から支払ずみまで年五分の割合の金員を附加して支払え。
二、被告長谷川秀一、同長谷川勇は、原告に対し連帯して金五万二、六一五円およびこれに対する昭和四二年一月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三、被告阿蘇町、同国は、原告に対し連帯して金五〇万円およびこれに対する昭和四二年一月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
四、原告のその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用はこれを四分し、その一を被告阿蘇町、同国の連帯負担、その一をその余の被告らの負担とし、その二を原告の負担とする。
事実
第一双方の申立
(原告)
一、被告家入スエモ、同家入ケサミ、同家入輝喜、同家入久義、同家入一義、同家入米作、同家入八郎、同家入カエ子、同倉岡ツルミ(以上の被告のうち被告家入スエモは三分一、その余の被告らは二七分の二の各割合で)同家入友喜、同阿蘇町、同国は、原告に対し連帯して金二七九万三、八九五円およびこれに対する昭和四二年一月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告長谷川秀一、同長谷川勇、同阿蘇町、同国は、原告に対し連帯して金二八万七、六五三円およびこれに対する昭和四二年一月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三、被告阿蘇町、同国は原告に対し連帯して金六〇〇万円およびこれに対する昭和四二年一月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
四、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言。
(被告阿蘇町)、
被告阿蘇町に対する本訴を却下する。
(被告ら)
一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の請求原因
一、原告は、かねてより、その所有に係る別紙目録(一)記載の農地を訴外亡家入高久に、同(二)記載の農地を被告長谷川秀一に小作させていたが、昭和二〇年九月ごろ、同人らとの小作契約を合意解約し、前者につき昭和二一年五月六日、後者につき同月三一日それぞれ居村黒川村(被告阿蘇町の前身)の黒川村農地委員会(以下、「委員会」という。)の承認を受け、各農地の返還を受けて自らこれを耕作した。
二、ところが、右亡高久および被告秀一の両名は、その後委員会に対し、右各農地の耕作権を同人らに帰すべき旨の決議(以下「返還決議」という。)を申請し、委員会はこれに応じて昭和二二年三月二二日付を以つて返還決議をなした。同人らは右決議を根拠に、原告において耕作中の右農地に立入り耕作を開始したので、原告はこれを不服として委員会に対し右決議の取消しを求めたが委員会の応ずるところとならず、原告は止むを得ず昭和二二年七月二九日右両名を相手として熊本地方裁判所に対し右農地の耕作権が原告に存在することの確認の訴えを提起した。
三、ところが右両名は、さらに委員会に対し自作農創設特別措置法に基づく遡及買収の申請をなし、委員会はこれに応じて買収計画を樹立し、熊本県知事は同年九月五日遡及買収(買収期日昭和二三年二月六日)したうえ、(一)の農地を被告家入友喜に、(二)の農地を被告長谷川勇に対し各売渡処分に付した。原告は、これを不服として熊本県知事を相手として熊本地方裁判所に対し買収処分無効確認の訴えを提起した。
四、以上のとおり、原告は右農地の耕作権を確保(回復)するために耕作権存在確認の訴えおよび買収処分無効確認の訴えの両訴を提起せざるを得なかつたのであるが、その結果は、まず後訴につき昭和三三年一〇月三日上告棄却の判決があつて右買収処分の無効が確定し、続いて前訴につき昭和三九年一〇月一三日上告棄却の判決がなされて原告が右農地の耕作権を有することに確定した。そこで原告は、同年一一月七日妨害排除の仮処分を得て、ここに漸く右農地の占有を回復し耕作を開始することができた。
五、原告は前記返還決議および買収処分により昭和二三年より昭和三九年まで耕作をすることができなかつたため、その間(一)の、農地につき通算二七九万三八九五円(その明細は別紙計算書、甲表のとおり)、(二)の農地につき通算二八万七、六五三円(その明細は別紙計算書、乙表のとおり)の得へかりし収入を喪失したほか、前記のとおり一七ケ年の長期に亘り耕作による収入を得ることが出来ず、耕作権確保(回復)のため長期間訴訟を維持する外ない状態となり、その精神的苦痛は甚大なものであつた。この損害を金銭に見積れば金二、〇〇〇万円を以つて相当とする。(但し、本訴においては後記のとおり内金六〇〇万円を請求する。)
六、原告の蒙つた右損害は、訴外亡高久、被告秀一および委員会の共同不法行為に基づくものである。
すなわち、前記のとおり原告は合意解約により適法に本件農地の耕作権の返還をうけたのに、亡高久および被告秀一は、その後委員会の会長や委員が交代したのを奇貨として、委員会を利用して農地を取戻そうと企て、委員会に対し原告から不法に取上げられた旨不実の申立をなし、委員会は実情を知り乍ら同人らを幇助する意思の下に返還決議をなしたものである。また、前記買収処分がなされたのも、同人らが遡及買収の権利がないことを知り乍ら買収申請をなし、委員会も原告が在村であることを知り乍ら、すでになした返還決議を擁護する意味で、敢えて原告を不在地主として買収計画を樹立したことに基づくものである。
従つて、右は(一)の農地につき亡高久および委員会、(二)の農地につき被告秀一および委員会が意思の連絡の下になした不法行為である。
而して、農地委員会は自作農創設特別措置法、農地調整法に基づく買収等国の行政事務を行う国の行政機関であるから、被告国は国家賠償法第一条の規定により、委員会がその職務を行うにつき原告に加えた損害を賠償すべき責任があり、また、被告阿蘇町は農地調整法第一五条により農地委員会を設置して同法施行令第一七条により委員会に関する費用を負担する者であるから、国家賠償法第三条の規定に基づき、委員会が原告に加えた損害を賠償すべき責任がある。
亡高久は昭和二四年二月三日死亡し、相続により妻たる被告スエモは三分の一、子たる被告友喜、同ケサミ、同輝喜、同久義、同一義、同米作、同八郎、同カエ子、同ツルミは各二七分の二の割合で同人の法律上一切の権利義務を承継した。
以上により、相続人たる右被告らは、(一)の農地に関する損害につき、被告秀一は(二)の農地に関する損害につき、原告に対しそれぞれ被告阿蘇町、同国と連帯して損害賠償をすべき義務がある。
七、前記のとおり昭和二三年中に被告友喜は(一)の農地を、被告勇は(二)の農地をそれぞれ売渡処分を受け、爾後昭和三九年一一月七日までその耕作を続け、右耕作によりその間被告友喜は金二七九万三、八九五円、被告勇は金二八万七、六五三円の利得をなし、原告は右同額の損害を蒙つた。而して、前記買収処分無効の判決確定により同被告らの右利得が法律上の原因を欠くことは明らかである。従つて、同被告らは右の利得を、被告友喜は相続人たる被告らおよび被告阿蘇町、同国の前記損害賠償責任といわゆる不真正連帯の関係において、同じく被告勇は被告秀一、同阿蘇町、同国の前記損害賠償責任と不真正連帯の関係においてそれぞれ原告に対して返還すべき義務がある。
八、よつて、原告は相続人たる被告ら(被告スエモは三分の一、その余の被告らは二七分の二の各割合で)および被告阿蘇町、同国に対し損害賠償請求として(被告友喜に対しては不当利得返還請求を併合して)金二七九万三、八九五円、被告秀一、同阿蘇町、同国に対しては損害賠償請求として、同勇に対しては不当利得返還請求として金二八万七、六五三円、精神的損害に対する慰藉料については被告阿蘇町、同国に対し金六〇〇万円および右各金員に対する右不法行為および不当利得後である昭和四二年一月一日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第二被告阿蘇町の本案前の主張
農地買収は農地委員会、県に対する国の委任事務であつて、町自体はこれに関与する権限を有しない。従つて被告阿蘇町に対する本訴部分は不適法である。
第三被告らの答弁
(被告国)
一、請求原因第一ないし第四項の事実および第六項中相続関係部分は認める。但し、同第二項中亡高久、被告秀一が返還決議以後耕作を続けた旨の事実は否認する。同第三項中(二)の農地の買収期日は昭和二二年一二月二日である。
同第五項のうち、原告が買収処分以降昭和三九年一一月九日まで本件農地を耕作できなかつたことは認めるが、その理由が返還決議および買収処分をしたことによること、原告の精神的苦痛が委員会の違法処分によることならびに損害額の点は争う。
同第六項(相続関係部分を除く)の事実は否認する。
二、仮りに原告主張の損害ありとしても、委員会の返還決議と損害との間には因果関係がない。
すなわち、右決議は相被告家入、同長谷川らと原告との間で本件農地の耕作権をめぐる紛争があり、当事者より委員会に耕作権の帰属につき意見を求められたので、双方の事情を聞き委員会の意見を表明したにすぎず、右決議は法的に当事者を拘束するものではない。現に原告は右決議に従うことなく、昭和二二年五月二七日熊本地方裁判所に右家入、長谷川らを相手として、耕作権妨害排除の仮処分申請をなし、これが命令を得て執行し、同年七月二九日同裁判所に耕作権存在確認の本案訴訟を提起し占有を失つていない。原告が占有を失つたのは、昭和二三年九月五日付で本件土地が買収され、右家入らに売渡されたため昭和二三年(モ)第九〇号仮処分取消申立事件において取消の判決があり、同年一〇月一三日執行解放となつたことによるものである。
また、本件農地の買収処分無効が裁判で確定した後も右家入、長谷川らが耕作権の存在を主張したため、原告は右事杵の判決確定まで本件農地を占有し得なかつたのであるが、右家入らが耕作権の存在を主張したのは、委員会の右決議があつたからではなく、前記耕作権確認訴訟において家入らが第一、二審で勝訴判決を得たことによるのである。
してみれば、委員会の右決議と原告の本件農地を占有し得なかつたことによる損害との間には因果関係はないというべきである。
三、仮りに原告主張の損害ありとしても、買収処分の無効が確定した後である昭和三四年度から昭和三九年度まで原告が耕作不能であつた原因は買収処分とは無関係であるから、その間の損害につき被告国は賠償の責任がない。
すなわち、原告が提起した買収処分無効確認訴訟は原告主張のとおり昭和三三年一〇月三日原告勝訴の判決が確定し、そのころ売渡処分が取消されて本件農地の所有権は終始原告に存することとなつた。しかし、右に先立ち原告が提起した耕作権存在確認訴訟は、昭和二五年一一月二二日言渡の第一審判決で原告敗訴し、控訴審でも昭和三四年一二月二四日控訴棄却となり、上告の結果、昭和三七年三月一日破棄差戻となり、原審の福岡高等裁判所で審理の結果、一転して原告勝訴となり、上告審も昭和三九年一〇月一三日上告棄却となつて、ここに右控訴審の判決が確定し、原告の耕作権が認められるに至つた。
以上の経過からも明らかなとおり、本件農地の耕作権の帰属については、買収処分の無効確定後も小作人側の被告友喜、同秀一らがこれを争い裁判所の判断も転々として容易に耕作権の帰すうが決せられなかつたため、原告は遂に耕作権存在確認訴訟の判決確定まで本件農地を耕作することかできなかつたものである。従つて、買収処分と右の期間の損害との間には因果関係はないというべきである。
四、仮りに原告主張の精神的損害があつたとしても、本件農地は前記のとおり買収処分の無効および耕作権の原告への帰属が確定しているのであるから、占有耕作し得なかつた損害を填補されれば、財産的損害はすべて填補されたこととなる。そうして、財産的損害のすべてが填補されれば、特段の事情のないかぎり精神的苦痛も慰謝されたとみるべきである。
(被告阿蘇町)
請求原因事実のうち、本件農地につき買収処分および売渡処分がなされたこと、原告が耕作権存在確認の訴えおよび買収処分無効確認の訴えを提起し、何れも原告勝訴の判決が確定したことは認めるが、その余の事実は不知。
(被告国、同阿蘇町を除くその余の被告ら)
請求原因第一項のうち、原告が小作契杓を合意解約し、委員会の承認をうけて本件農地の返還をうけたとの事実を否認する。
同第二項のうち、原告が耕作権存在確認の訴えを提起したことは認める。
同第三、第四項の事実は認める。
同第五、第六項の事実は否認する
第四被告阿蘇町、同国の抗弁
仮りに原告主張の損害が発生したとしても、原告は買収処分無効確認請求事件の判決が確定した昭和三三年一〇月三日には損害および加害者を知つたのであるから、昭和二三年以降右同日までの損害に対する損害賠償請求権は同日から起算して三年を経過した時点において消滅時効が完成したものというべきである。よつて、被告阿蘇町は昭和四一年二月一四日の本件口頭弁論期日において右時効を援用し、被告国は同年七月一九日の本件口頭弁論期日において右時効を援用したので同被告らの債務は消滅した。
第五抗弁に対する答弁
抗弁事実を否認する。
第六証拠<省略>
理由
第一被告阿蘇町の本案前の抗弁に対する判断。
自作農創設特別措置法、農地調整法に基づく農地の買収、売渡その他の自作農創設事業ならびに農地関係調整の事務が国の公権力により強制する国の行政事務であり、市町村農地委員会は国の行政機関として前記各法律の規定により与えられた職務権限を有し国の公権力を行使するものであつて、その意味において市町村とは独立した機関であることは同被告の主張するとおりである。然し乍ら、農地調整法第一五条ノ一七(昭和二六年法律八九号による削除前)により、市町村は市町村農地委員会に関する費用を負担すべきものとせられていたのであり、原告の同被告に対する本訴請求の原因は、国家賠償法第三条第一項の規定に基づき費用負担者としての賠償責任であることか明らかであるから、同被告の本案前の抗弁は理由がない。
第二本案に対する判断
一、耕作権をめぐる紛争の経緯
当事者間に争いのない事実と<証拠省略>により認められる事実によると耕作権をめぐる紛争の経緯はつぎのとおりである。
(1) 原告は所有に係る別紙目録(一)記載の農地を家入高久に、同(二)の農地を被告長谷川秀一に小作させていたが、昭和二一年春右小作契約を合意解約し、委員会に対し承認申請をしたところ、(一)の農地につき昭和二一年五月六日、(二)の農地につき同年五月三一日移動を適当と認める旨の決議(承認決議)がなされ、昭和二一年度は原告に於て耕作したこと、しかるに、委員会は右高久、秀一の申請により昭和二二年三月二二日、原告のなした(一)の農地の取上げは不法であり、(二)の農地の取上げは無効であるからこれを同人らに返還すべき旨の決議(返還決議)をなしたので、原告は同年五月二七日、右同人らを相手として熊本地方裁判所より防害排除の仮処分決定を得て執行し、さらに同年七月二九日同人らを被告として熊本地方裁判所に耕作権存在確認の訴えを提起したこと、
(2) 一方、高久、秀一の両名は、委員会に対し本件各農地を不在地主の所有小作地として遡及買収の申請をなし、委員会はこれを容れて買収計画を樹立し(このため、前記仮処分決定は昭和二三年八月三一日事情変更による取消判決がなされ、執行開放の結果、以後は同人らにおいて耕作した)、これに基づき熊本県知事は昭和二三年九月五日原告に対し買収令書を交付して同年二月二日付で買収処分をなし、その後間もなく(一)の農地は高久の子たる被告友喜に、(二)の農地は秀一の子たる被告勇に売渡す処分がなされたので、原告は熊本地方裁判所に熊本県知事を被告として買収処分無効確認の訴えを提起したこと、
(3) 右耕作権存在確認訴訟では原告のなした前記合意解約の有効性が争われたが、その有効であることが認められ昭和三九年一〇月一三日上告棄却により原告の勝訴が確定し、買収処分無効確認訴訟は、原告が碁準日当時不在地主ではなく、委員会の樹立した買収計画は買収の要件を誤認した違法があるとして原告勝訴となり、昭和三三年一〇月三日上告棄却によつて買収処分の無効が確定したこと、
このように認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実によれば、委員会のなした返還決議および買収計画は何れも違法であり、原告において終始本件農地の耕作権を有し、右高久、被告秀一、同友喜、同勇らは小作契約に基いても、所有権に基いても本件農地の耕作権を有しなかつたことが明らかである。そこで次に右違法な返還決議および買収計画につき委員会に故意又は過失かあつたか否かを判断し、さらに高久、秀一の各申請行為が不法行為を構成するか否かについて判断する。
二、委員会の故意又は過失について
<証拠省略>によると、右返還決議がなされたのは、当時における世上一般の風潮が小作人の耕作権保護を重視し、これを強調する傾向にあつたため、その影響を受けた委員会は高久、秀一から原告のなした本件農地の取上げを不法として耕作権確認ならびに小作地返還の申請を受けるや、右小作地の返還が合意解約に基づくものか否かにつき当事者の主張が鋭く対立し、かつ、さきに同委員会において右小作地につき高久、秀一より原告に対する耕作権の移動を適当と認める旨の決議(承認決議)をしたに拘らず、十分な調査を尽すことなく、原告は当時教職にあつて耕作能力が十分でないこと、本件小作地の取上げについては知事の許可がないから行政解釈上不法取上げと認めざるを得ない等の意見が大勢を占めた結果であつたこと、が認められ、次に<証拠省略>によると、買収計画が樹立されるに至つたのは、当時小作人側委員か優勢を占めていた関係や小作人の耕作権保護を急務として世上一般の風潮、配給物資の受配地を以つて住所認定の第一次的資料とするかの如き県側の指導方針(原告は当時奉職中の阿蘇郡波野村遊雀国民学校内に物資の配給籍を移していたか、それは便宜上のもので、その事情は少しく調査をすれば容易に判明するものであつた。)、あるいは、さきに委員会がなした返還決議にも拘らず小作契約に関する紛糾が一段と激化したことから、この際右紛争を一挙に解決せんと意図したことなどが相俟つた結果であることが認められ、右各認定に反する証拠はない。
以上の事実からすると、まず返還決議に関しては、委員会がいささか性急且つ怠まんであつた点は認められるけれども、委員会において大勢を占めた意見にも相応の理由か認められ(当時、小作契約の合意解約に知事の許可を要するとの行政解釈が採られていたことは当裁判所に顕著な事実である。)、これを以つて委員会の過失とまでは断定できないのであるが、買収計画の点は、極めて明白な事実の認定を誤つた結果買収の要件を誤認したか、あるいは小作人保護の目的から買収の要件に該当しないものを強いて該当するとしてなしたかの何れかであり、少なくとも職務上の過失があつたことを免れない。そうだとすれば、本件農地に対する無効な買収処分により原告の蒙つた損害につき、他に特段の事情がない限り、被告国は国家賠償法第一条第一項の規定にづき賠償の義務があり被告阿蘇町は同法第三条第一項の規定に基づき(被告阿蘇町が黒川村の後身として同一性を有することは弁論の全趣旨から明らかであり、同村が委員会の費用を負担することは農地調整法施行令第一七条の規定によつて明白である。)これを賠償すべき義務かあるものといわなければならない。尤も同法第一条には公権力を行使する公務員とあるか、公務員を以つて構成する合議機関については、その合議体たる性質上その行動はこれを構成する公務員の意思活動の結果によるもので、その公務員の多数意思は即ち機関の意思とみなされるのであるから機関の行為は自然人の場合と同様に解すべきである。
而して、右賠償義務の範囲につき考えるのに、前記認定のとおり買収処分の無効が確定したのは昭和三三年一〇月三日であり、その結果、原告は同日以降本件農地の所有権および所有権に基づく耕作をするにつき何らの阻害事由はなくなつたものである。それにも拘らず、原告がなお耕作できなかつたのは、被告家入、同長谷川らか小作契約に基づく耕作権を所有権の帰属と別箇に主張して占拠したためであつて、右は買収処分と因果関係を欠くものであることが明らかである。してみると、右同日以後に蒙つた原告の損害に関しては被告国および同阿蘇町の賠償義務はないものといわなければならない。
三、被告国、同阿蘇町を除くその余の被告の責任
原告は高久および秀一のなした返還決議の申請および買収処分の申請が何れも不法行為となる旨主張するので判断するに、農地委員会が、欺かる決議をなす権限(農地調整法第一五条第一項第二号、同法施行令第一四条第一号)および農地買収に関する職務権限を有することは明らかであり、返還決議および樹立した買収計画か違法としても、職権の発動を促す申請行為が直ちに違法といえないことはいうまでもない。然し乍ら、申請をなしたのが、それによつて自己の科益を追求する目的で、虚偽の申告や陳述をなし、その結果として利益を受けた場合には、結局職権の行使を自己の利益のために誤らしめたことに帰し、特段の事情がない限り、不法行為となるものというべきである。
これを本件についてみるに、<証拠省略>によれば、高久、秀一の両名は返還決議申請の理由として、前記の通り小作契約の合意解約は有効であるのに、合意解約ならびに耕作権移動届書は原告の強迫や欺罔行為に基づく旨の虚偽の陳述をなしたこと、<証拠省略>によれば、右両名は本件農地を農地買収を利用して耕作権に関する紛争を一挙に解決することを図り、真実は原告が在村、であることを知り乍ら、不在地主である旨の虚偽の申告をなして買収申請をなし、その結果買収処分に続いて(一)の農地は高久の子たる被告友喜に、(二)の農地は秀一の子たる被告勇にそれぞれ売渡処分を受けたことが各認められるので、右両名のなした各申請行為は不法行為を構成するものということができる。
そうだとすれば、高久は(一)の農地、被告秀一は(二)の農地に対する無効な買収処分により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
四、ところで、上記の事実からすると、被告らは本件農地を耕作する根拠として売渡処分に基づく所有権を主張し、仮りに所有権がないとしても原告との小作契約に基づく耕作権を主張していたものであり、原告としては自己に耕作を確保するためにはまず国の違法行為の排除(即ち、買収処分の無効の確定)をなさざるを得ない関係にあつたものであることが認められる。従つて、原告からすると、本件農地に対する不法占拠の中には国の違法行為が含まれていることとなり、右両者が客観的にみても関連、共同していることが明らかで、結局、(一)の農地については高久と委員会(被告国、同阿蘇町)の、(二)の農地については被告秀一と委員会(同)の共同不法行為となるものというべきである。
五、消滅時効の抗弁について。
被告国、同阿蘇町は、買収処分の無効が確定した昭和三三年一〇月三日を起算日として消滅時効が完成した旨主張するので考えるに、買収処分の無効が確定しても、前記の通り、被告国、同阿蘇町を除くその余の被告らが所有権とは別に小作契約に基づく耕作権を主張して本件農地に対する占有を続けていた限りは、原告としてはなお蒙つた損害の範囲を知ることができなかつたものといわなければならない。何故ならば、仮りに右被告らの主張する耕作権が存在するとすれば、原告の損害は単に所有農地の小作料相当額に止るのに対し、右耕作権が存在しないとすれば、原告の損害は本件農地からの得べかりし収益額に相当し、その間には相当額の差が存することは容易に推認できるからである。
ところで、国家賠償法第四条によつて適用される民法第七二四条にいわゆる損害を知るとは、一般に、被害者が損害の範囲や数額を具体的に知ることまでも意味するとは解せられないけれども、本件の場合の如く、買収処分の無効が確定した当時なお耕作権存在確認訴訟が係属し、その結果の如何によつては、損害の性質を異にし、その額についても相当大きな開きが生じるような場合においては、なお損害を知つた場合には該当しないと解するのが相当である。而して右の理由からすれば、原告が損害を知つたのは右耕作権存在確認訴訟が原告勝訴で確定した昭和三九年一〇月一三日であつたと認むべきである。
してみれば、本件記録上明らかな本訴提起の日の昭和四〇年二月一五日においては、未だ民法第七二四条所定の三年の時効期間を経過していないことが明らかであるから、前記消滅時効完成の抗弁は理由がないことが明らかである。
六、損害について
原告が本件農地の占有を失つたのは、昭和二三年八月三一日前記仮処分取消の判決の結果、被告家入、同長谷川らがその耕作を開始したためであることはさきに認定のとおりであり、その後昭和三九年一一月七日まで本件農地を使用収益できなかつたことは原告と被告阿蘇町を除く被告との間には争いがなく、原告と被告阿蘇町との間は弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。而して、証人中村親時の証言によれば、本件農地所在の阿蘇地方は寒冷地帯も裏作は殆んどなされないが、なされても特に見るべき収益はないことが認められるので、原告は昭和二三年度より同三九年度間の米作収入((一)の農地につき水稲、(二)の農地につき陸稲)を喪失したものと認むべきところ、鑑定人中村親時の鑑定の結果によると、原告の本件農地によつて得べかりし純利益は、右各年度における収穫高(粗収入額)から所要生産費(種苗費、肥料費、諸材料費、防除費、償却費、畜力費、労賃、資本利子、地代および公租公課等。なお副産物わら代を差引く。)を控除した額であつて、その各年度の明細は、(一)の農地につき別紙水稲収支計算書のとおりであつて、その総額は金六四万九、〇二七円、(二)の農地につき別紙陸稲(糯)収支計算書のとおりであつて、その総額は金五万二、六「五円を下らないことが認められる。なお、前記の理由から被告国、同阿蘇町は昭和三三年度以降については賠償の責任を負わないので、本件農地につき昭和二三年度から同三二年度までの純利益を計算すると右各計算書からも明らかなとおり、(一)の農地につき金二四万五、八四七円、(二)の農地については損失金一一一円であることが認められる。(従つて、被告国、同阿蘇町は(二)の農地に関しては賠償義務がない。)右認定に反する鑑定人山部芳光の鑑定の結果は採用しない。
次に原告の蒙つた精神的苦痛について考えるに、前記紛争の経過や実情、特に木件農地の所有権および耕作権を確保するために約一七年の長きに亘り訴訟等を通して争わなければならなかつたこと、証人山本ハルミの証言によつて認められた原告方家庭生活に及ぼした甚大な影響等(裁判のため時間と費用をついやし、自作地・家屋敷を売り払い、学校長の職も定年前やめ、長男・二男は学校を中途退学のやむなきにいたつたことなど)を考慮すると、その精神的苦痛が相当に著しかつたことが推認される。一方、訴訟の結果原告の所有権および耕作権ともに確定し、さらに物質的損害の賠償請求も認容されることを考慮に入れると(被告国はこれによつて原告の精神的苦痛は完全に慰藉される旨出張するが、右によつては填補されない固有の精神的苦痛はなお残存すること明らかである。)、その慰藉料は金五〇万円を以つて相当とする。
七、<証拠省略>によれば、高久は昭和二四年二月三日死亡し、妻たる被告スエモは三分の一、その余の相続人たる被告らは何れも子として各二七分の二の割合でそれぞれ右同人の法律上の地位を承継したことか認められるので、前記高久の不法行為によつて原告に与えた損害の賠償義務についても右相続人たる被告らにおいてその割合により承継したものというべきである。
原告は、被告友喜、同勇に対しては不当利得の返還をも併せ求めるので判断するに、同被告らが熊本県知事の売渡処分により買収処分に引続いてそのころ(一)の農地は被告友喜、(二)の農地は同勇において売渡しを受けたことは前記認定のとおりであるところ、特段の事情がない限り、本件農地は売渡しを受けた同被告らにおいて使用収益したものと認めるのが相当である。してみれば、その利得は前記の純利益額であり、且つ買収処分無効の確定によつてその利得が法律上の原因を欠くことも明らかであるから、被告友喜は不当利得として金六四万九、〇二七円を被告国、同阿蘇町、および相続人たる被告らの損害賠償責任といわゆる不真正連帯の関係において返還すべき義務があり、被告勇は被告国、同阿蘇町、同秀一の損害賠償責任と同じく不真正連帯の関係において返還すべき義務がある。
八、(結論)
以上認定の次第により、(1) 、被告スエモ、同ケサミ、輝喜、同久義、同一義、同米作、同八郎、同カエ子、同ツルミ(被告スエモは三分の一、その余の被告らは二七分の二の割合で)、同阿蘇町、同国、(両被告は金二四万五、八四七円の限度で)は不法行為による損害賠償として、被告友喜は不当利得返還として原告に対し連帯して金六四万九、〇二七円、(2) 、被告秀一は不法行為による損害賠償、同勇は不当利得返還として原告に対し金五万二、六一五円、(3) 、慰藉料として被告阿蘇町、同国は原告に対し連帯して金五〇万円、および、(4) 、右各金員に対し不法行為又は不当利得の日以後であることの明らかな昭和四二年一月一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。
よつて原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条、第九三条第一項を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下して主文のとおり判決する。
(裁判官 後藤寛治 菅浩行 矢野清美)
物件目録および別表<省略>